俺と文鳥とペットロス
俺は元気である。
文鳥がいなくなってから、一週間くらいたとうとしている。
まだ、実感がない。ゲージを見てしまう。なんもおらんのだが。見てしまう。俺のなかで決定的になにかが終わってしまって、それは戻らないのだ。
元気がないとか、そういう感じではない。普通に生活を送っている。だが全く『じゃあ、新しい文鳥買いにいくか』という気に全くならない。
しばらく、文鳥も飼わないように思う。(現時点での気持ち)
世の文鳥好き達は、常にこういうことごあるなか、毎日を送っているのだろう。そしてそれは胸のどこかにしまわれていて、時々思い出すのだろう。
文鳥なんて、小さい小さい鳥なんだけどなあ。この心にやどる、もう戻らない感はなんなんだろうか。
思いや、気持ちの積もって、昔テレビで見た、深海に積もってるプランクトンの屍骸みたくなかなかきれいさっぱりとはいかず悲しみながら酒を飲むだけなんだろうか。
なにかが決定的に終わったのであった。
バーに行ったら、文鳥用のカイピリーニャを出してくれた。(つД`)ノ
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